画家・下田ひかり「'子供'というモチーフそのものが私のアバター」-ARTFULLインタビュー-

画家・下田ひかり「世界を形作る視点の一つでありたい」-ARTFULLインタビュー-

色鮮やかで可愛い表情の裏側には、どこか孤独で不安な姿が映し出される。
その相反する不安定なバランスの世界から見える表情とは何なのか。

今回は日本だけでなく、海外からも人気を博している画家・下田ひかりさんに、作品に込める思い、海外での活動についてなど、詳しくお話を伺いました。


画家・下田ひかり「'子供'というモチーフそのものが私のアバター」-ARTFULLインタビュー-
下田ひかり

下田 ひかり / Hikari Shimoda
1984年 長野県生まれ
現在も長野県に在住し制作を行う。

嵯峨芸術大学短期大学部を卒業後、イラストレーション青山塾に2年在籍したのち、現代美術へ転向。
2008年よりギャラリーでの発表を開始し、2015年より発表の場をアメリカを中心に海外へ移行、現在に至る。

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神様の行方#38

震災の経験を経て自覚、変化した作風


Q.作家、画家を志したきっかけを教えてください。

元々「絵の仕事」としてイラストレーターを志望していましたが、依頼を請けて描くイラストレーションが苦手という自覚を持ち、同時に私がやりたいのは私自身の思想を絵にする事だと気がつき、画家の道にチャレンジしました。


Q.現在の作風までの歴史、経緯などありましたら教えてください。


死と再生のカタストロフィ

セーラームーンをオマージュした魔法少女や、大きな目や角などの特徴的なモチーフを描くようになったのは2010年~2011年頃からです。

それ以前から子供をモチーフに描いてはいましたが、「私」という人間のアイデンティティーを外側から見た時に、作品としてより分かりやすく、伝わりやすいフックとして「漫画アニメ的」な表現を積極的に取り入れる事で、世界中の人にコンセプトを直感的に伝えられると考えました。


死と再生のカタストロフィ(拡大)

同時に、震災の経験を経て、私自身の作家としてのテーマが「孤独と不安」「崩壊しつつある世界(現代)の描写とその事への問い」であるとはっきり自覚し、その二つを大きな軸に作風を変化させ、今に至ります。



「子供」というモチーフそのものが私のアバター


Q.描かれるモチーフは子供、そして中性的な容姿をしています。このモチーフに込められた想い、表現などございましたらお聞かせください。

人間は成長するに従って様々な属性が付与され、外から「人そのもの」として見られる事が難しくなります。人ではなく属性で語られる事もしばしばです。

しかし私は「人間そのものが持つ感覚や感情」を表現したいと考えていて、そのために子供を選びました。まだアイデンティティーも曖昧な子供は、性別や属性などにとらわれず、「人間そのもの」を表現する事が出来ると考えているからです。


神様の行方#1

また、私の作品の根底にある「不安と孤独」は、私が幼少期から抱えている問題で、「子供」というモチーフそのものが私のアバターでもあります。
そして、この「不安と孤独」は世界中どの人も抱える普遍的な問題でもあり、私の描く子供は「私であり、あなたである」「全ての人であり、誰でもない」事が重要です。

パーソナルな問題を普遍的な問題として描くために、イラスト的なキャラクターの描き方が適していると感じます(見た目をデフォルメする程に特定個人から概念としての人間に近づくからです)


Q.色使いやモチーフは、花や星など可愛らしくて明るい雰囲気ですが、描かれている子供は無表情、どこか寂し気な表情をしています。このイメージの対比について伺えますか?


存在の肯定#3

私は「世界は相反する事象の集合である」という考えから、作中にも常に相反するイメージを取り入れています。これは見る人の思考を促す装置でもあります。

例えば「苦痛が生まれる環境」をテーマにしたとして、「苦痛の表情をした人物」だけでは「苦痛の感情」は伝わっても「苦痛を生み出す環境」は伝わりにくいように、物事の本質を伝えるためにはショッキングな一面だけを取り上げるとかえって伝わらないという経験をしたため、あえて相反するイメージを組み合わせ、そこから生まれる違和感をフックに思考を誘発したいと考えています。


この星の子ども#41

また、カラフルな色や可愛いモチーフも、単体では可愛い、ポジティブであっても、集合体になったり色の組み合わせによっては暴力的なイメージにも転換されます。この「イメージの反転」は、「環境や人に優しいと謳っていた原発が、事故により人間や環境への脅威へと反転した」事から着想を得ています。

背景のカラフルさ、可愛さはいつ反転するか分からない世界の危うさとカオスを表現し、そのカオスを背景に佇む人物はそんな孤独と不安の世界に生きる我々の姿を描いています。


Q.大きな瞳が印象的ですが、一人の2つの瞳もそれぞれ一つ一つ違った表現をされています。“瞳”の表現についていかがでしょうか?


境界の子ども~フィクション~#2

これも前述の相反するイメージを作中に入れる事の一つです。人間には様々な感情や多面性があり、それを左右の瞳の描き方を変える事で表し、また、視線が合わないようにする事でも、受け取る感情や印象の複雑化を狙っています。

また、大きく輝く瞳は、子供の頃に好きで憧れた少女漫画の瞳からの影響です。「目は口ほどにものを言う」というように、瞳の表現は語らずとも伝えられるツールであると考えています。


「視点の可視化」がアートの役割であり、表現できる事


Q.2011年の東日本大震災の際には震災や原発を元にしたシリーズ、また近年では新型コロナウイルスの流行によりマスクを着用した作品を発表するなど、その時代の情勢を作品に反映させています。

作品として形に残す。“アート”を通して発信していく。と言った、メッセージ性を強く感じます。こちらについてはいかがでしょうか?


マスクをした現代人のポートレート

私は作品作りをする動機の大きな要素の1つが「自分が見た社会を自分というフィルターを通して表現し、作品で社会に問い直す」という事です。

アートの役割というものは人によって考え方が違うと思いますが、私は「視点の可視化」が役割の1つであり、表現できる事であると考えています。

世界とは、視点の可視化によって形づくられ、その数が多いほど正確な形となり、逆に数が少なくなればそれは世界を表してはいないでしょう。
個人の力は微力でも、より沢山の人が自分の視点を表現する事が重要です。私も世界を形作る視点の1つでありたいと思っています。


虚像崇拝

Q.海外でも活躍されている下田さんですが、海外で活動するようになった切っ掛け、また日本と海外を比べて感じることなど教えてください。

私は元々沢山の人に自分の作品を知ってもらいたかったので、ネットのサービスにあちこち作品をアップしていたのですが、SNS黎明期もあって海外の方に見てもらう機会が増え、その時に展示の話も頂くようになりました。

日本国内よりも海外のコレクターから購入される事が増えていた時期に、今一緒に仕事をしているアメリカ人マネージャーに声をかけられ、海外のみでやっていく事を決めたのが2015年頃です。それからは海外をメインに作品を発表していましたが、また日本でも発表の機会を作って行けそうです。


自分の敵を知らない~女の子~

日本と海外を比べると、海外は見る方も作り手も作家のアイデンティティーを意識せざるを得ないのが日本と大きく違う部分だと感じました。
特に私がメインで作品発表をしているギャラリーはアメリカのLAなので、様々な人種が混じる場所では、「どんな出自の人間が、そのバックボーンを背負って何を表現するか」を見られている事を強く感じました。

日本にいて日本人である事を意識する事はほとんど無いですが、外に出るとまず「日本人作家」という出自が大きな意味を持ちます。私が日本人である事と日本人の私が何を表現できるかを強く意識するようになり、作品も変わったと思います。

自分にしか分からないものは世界中の誰にも届かない


Q.ご自身の作家活動において影響を受けた作家、人物などはいらっしゃいますか?

私自身、美術家を目指していた人間ではないため、作り手としての影響は他のジャンルのクリエイターから受ける事が多いのですが、その中でも宮崎駿監督は作品の思想哲学、物作りへの姿勢などから強い影響を受けています。

また、同年代の作家が存在することで、相互に影響を与え合い、今の作品になっていると思います。


Q.作家人生の中で、挫折やターニングポイントとなった出来事などありましたら教えて頂けますか?

デビュー直後にリーマンショックがあったので、作家活動の出だしは好調とはいえず、かなり苦しい期間が続きました。作家としての軸やアプローチ方法もまだ定まっておらず、やりたい事と作品から伝わっているものの齟齬にジレンマを感じていました。


感情の肯定

大きなターニングポイントは東日本大震災です。それまで弱かった自分が作家として何を表現したいのかをはっきりと自覚し、コンセプトや作風も大きく変わりました。また、ちょうど2011年の4月に初めてNYで個展をしたのですが、その時に自分の作品にはフックがなさ過ぎて伝わっていない事を自覚し、いかに今までが自分よがりな作品であったかを自覚しました。

自分にしか分からないものは世界中の誰にも届きようがありません。
誰に何を伝えたいか、そのためにどういう作品にすべきか。それらが切っ掛けとなって美術家としての指針が決まったように思います。


表現者は表現を主題に活動を


Q.普段制作活動されているアトリエについて教えてください。


アトリエ風景

去年田舎の実家近くに中古の一軒家を購入し、犬と一緒に住みながら制作をしています。
それまでは実家の一室で6年、借家で6年ほど暮らしていましたが、制作スペースや物置の確保に難儀していたので、ようやく十分な広さを確保でき、換気扇などの環境も整える事ができて嬉しいです。


アトリエ風景

Q.今後、作家として挑戦したいことはありますか?

作家になりたいと思った動機に、自分の考えを作品という形でより多くの人に知って欲しい、そしてコミュニケーションを取りたいという気持ちがありました。

そのお陰かは分かりませんが、世界の人に見て頂けるようになってきていて、振り返って見ると凄い事だなと思います。これからももっと先にいけるように精進したいと思っています。


アトリエ風景

Q.最後に、アートフルは若手作家に向けてのメディアなのですが、これから作家活動をしていく若手作家に向けて一言お願いいたします。

最近よく、「成功するにはどうしたらいいのか?」という話を聞きます。私はまだ全然成功しているとは言いがたいですが、それでも今までの経験上、表現者は表現を主題に活動をすべきで、成功を目的にするとどこにも行けないのでは、と感じています。

自分は何を表現したいか、その表現で生きる道はどこが適切か、そのために何をすべきか。自分の表現が認められるには長い時間がかかります。

この猛烈なスピードで変化する社会の中では忍耐力も必要になると思います。しっかりと自分の目で流れを見、自分の頭で考え、行動していく事が大事だと思っています。


Q.今後の展示会や活動予定等ございましたらお願いします。


アトリエ風景

グループ展
会場: MEGUMI OGITA GALLEY
会期:2021年5月14日~6月12日
住所:東京都中央区銀座2-16-12 銀座大塚ビルB1

個展
2021年夏に東京で個展予定