画家・水戸部七絵「絵画を描く行為そのものの直感的な手応えや、油絵の具の持つ色彩の魅力を観賞者に発見してほしい」-ARTFULLインタビュー-

まるで巨大な絵の具の塊。
それが意味するものとは。

幾重にも絵の具を分厚く塗り重ねて表現する水戸部七絵さんの作品は、見るものを圧倒し、立ち込める油彩絵の具の香りまでもが作品の一部のように感じられる。

今回は、画家・ 水戸部七絵さんにその作品のルーツ、作家としての生い立ち、作品に込める想いをお聞きしました。


水戸部七絵 Photo by Atsushi Yoshimine

水戸部七絵 / Mitobe nanae

現在、千葉のスタジオを拠点に作家活動を行っている。以前から描く対象として象徴的な人物の存在を描いたが、2014年のアメリカでの滞在制作をきっかけに「DEPTH」シリーズを発表。2016年の愛知県美術館での個展を開催し、2020年に愛知県美術館に「I am a yellow」が収蔵される。また昨年、寺田倉庫に新設されたコレクターズミュージアム「WHAT」に高橋コレクションから現在出展中で、「VOCA展2021」では、鎮西芳美氏(東京都現代美術館)に推薦され、VOCA 奨励賞を受賞した。2022年にはオペラシティProject Nでの個展を開催予定である。

主な個展に、2019年「I am yellow」(Maki Fine Arts)、2018年「DEPTH – Tranquil Pigment- 」(florist gallery N)、2016年「APMoA, ARCH vol.18 DEPTH ‒ Dynamite Pigment -」(愛知県美術館)、「水戸部七絵展」(gallery21yo-j) 、2014年「ABRAHAM」(LOOP HOLE)など。

主なグループ展に、2021年「VOCA展2021」(上野の森美術館)2020年「-Inside the Collectorʼs Vault,vol.1-解き放たれたコレクション展」(WHAT)、2020年度第3期コレクション展「私は生まれなおしている─令和2年度新収蔵作品を中心に─」愛知県美術館、「ホルベイン・スカラシップ成果展」佐藤美術館、2018年「高橋コレクション 顔と抽象―清春白樺美術館コレクションとともに」(清春白樺美術館)、2017年「アブラカダブラ絵画展」(市原湖畔美術館)、「千一億光年トンネル」(ミュゼ浜口陽三・ヤマサコレクション)などに参加。

その他に、山峰潤也監修 テレビ朝日「アルスくんとテクネちゃん」出演(2021年)、「NHK 日曜美術館アートシーン」出演(2017年)、梅津庸一 、O jun推薦「美術手帖 2016年12月号あなたの知らないニューカマー・アーティスト100」掲載(2016年)など。

パブリックコレクション
愛知県美術館、高橋コレクション

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「The Metamorphosis」
2020年 油彩、麻布、木製パネル 131cm×194cm

上野の美術館で観た「ゴッホのひまわり」 は輝いて見えた


Q.  作家、画家を志したきっかけを教えてください。

小学生の頃に上野の美術館で「ゴッホのひまわり」を観たことがきっかけになり、画家を目指すことを決めました。それはもう強烈な体験で、絵画が輝いて見えました。

これはとても深い体験であって、場合によっては、その子供の未来を決定的なものにすることがあります。出来れば、このような体験を次の時代の子供たちにリレーしたいと思っています。自分の幼い時の記憶に照らせば、とても贅沢な体験だと感じます。


Photo by Atsushi Yoshimine

Q. 現在の作風までの歴史、経緯などありましたら教えてください。

以前から描く対象として象徴的な人物の存在を描いましたが、2014年のアメリカでの滞在制作をきっかけに「DEPTH」シリーズを発表しました。


「DEPTH」
2018年 木製パネル、麻布、油彩 50cm×70cm

これは、匿名の顔(アノニマス)であり、モデルがいません。この抽象の高い作品を描いたことで自分自身でも無意識に感じていた顔の美意識、先入観、思考などが見えてきました。

例えば、人物の髪の毛が黄色のモチーフが多いとか、鼻が細く高いとか‥私自身が白人至上主義的な思考があるのでは?と自問自答しました。

2019年から、再度具体的な人物のモチーフを描いています。


「Donald Trump」
2020年 木製パネル、麻布、油彩 110cmx120cm

また近年では、世界的パンデミックをきっかけとした絵日記のシリーズも描いています。


何層も絵具を重ねる行為の連続は、絵画に対峙する時間、絵画の本質を追求した結末


Q. 油彩絵の具を厚く塗り重ねていくことで、絵画に多くある平面の表現だけではなく立体の表現になり、見る角度によってもいろんな見え方だったり、日によって感じ方も違ったりしてきます。この“立体”の表現についてお話を伺えますか。


2018年 Solo Exhibition
LOOP HOLE
Photo by Atsushi Yoshimine

完成した絵の結果だけ見れば、立体と感じる人もいると思いますが、私自身の中では、何層も絵具を重ねる行為の連続、絵画に対峙する時間、絵画の本質を追求した結末です。

また絵画に厚みがあるからと言って、立体になるのか?というと、例えば、ゴッホもモナリザも絵には厚みがあります。それが例えば1mmか10cmか、はたまた1mかの違いで絵画の領域を区切れないと思います。


2018年 Solo Exhibition
Gallery N
Photo by Atsushi Yoshimine

そして、世界の現代アートのシーンの中で様々なメディアがあります。
写真、CG、映像、インスタレーション‥etc。

絵画は伝統的であるからこそ、現代アートとして発信していくには難しい状況でもありますが、この様なシーンの中で、私は絵画を誇張する意義があります。

さらに最近では、アートが商業化またはアートビジネスが流行しています。特に絵画においては、商品として販売されたり、インテリアの一部として飾られやすいジャンルです。

この現状から少しでも対抗をしていると言いますか・・
重かったり、厚かったり、臭かったり、絵画の厄介な性質に拘っています。

私の絵を買う人は覚悟が必要です(笑)


Q. 顔を表現している作品が多くありますが、顔をモチーフにしたきっかけ、想いなどございましたら教えてください。


「Michael Jackson」
2019年 木製パネル,麻布,油彩 70cmx95cm

2009年にマイケル・ジャクソンが亡くなり、映画「THIS IS IT」が公開されました。この作品を観て、感動と衝撃を受けて、肖像画を描いたことが最初のきっかけです。

人は、例え、スーパースターだとしても、生まれ持った自分自身の顔の造作を自身で好むとは限りません。むしろ多くの場合、自身の外見に不満を覚えていると思います。

そのため、よく見せたいという欲求から化粧、眼鏡、装飾物などで装い、また、美容整形などで、顔そのものを変貌させる場合もあります。これらは、時々の流行やモードに即した変身欲求や、切実で純粋な変身願望、人体改造への激しい欲望まで含んでいます。


「Jackson 5」
2014年 木製パネル、麻布、油彩 130cm×80cm

また私たちは、人種、民族、性別、服装など外観の違う相手と向き合う時に、さまざまな問題や齟齬、誤解、軋轢を引き起こします。

お互いに、「私のようではない」他者に対して、怖れが生じ、違いがある、という当たり前のことを容認できないからです。しかしそのような、差異という至極当然の現象がその者の身体だけではなく、社会的政治的に影響を及ぼすことがあります。
芸能、スポーツ、政治の世界に、それが現れていることは言うまでもありません。

これらの作品は、私が抱き続けている“活き活きとした他者”への賞賛であり、共感であり、哀れみであり、可笑しみのポートレートです。


過去を忘れて、空っぽになることが、新しいなにかを発想するための重要な仕事


Q. 水戸部さんのインパクトある作品を生み出し続ける秘訣、インスピレーションを起こすために何か意識していることなどはありますか?



年に一回は旅をします。過去には、砂漠や無人島、裸で住む山に滞在制作しました。



アトリエを出て、美術館や都市や観光地から離れ、何も無さそうな土地に行き、過去を忘れて、空っぽになることが、新しいなにかを発想するための重要な仕事です。



Q. 大胆に手で描いたり、ペインティングナイフで絵の具を塗り重ねていくスタイルが印象的です。あえて明確な表現ではなく、抽象的な印象を受けますがこちらについてはいかがでしょうか?


Photo by Atsushi Yoshimine

日本の教育の中で、絵が上手いことが凄いと判断してしまいがちです。美術の大学に進学すると、殆どの作家志望の学生が、絵を写真の様に描ける技術を身につけます。

しかし、人物を写実的に描くことが、その人の本質を描くこととは限りません。人には、感情や人生の浮き沈みがあります。それは写真の様に描くことでは、表現しきれないと考えます。


「DEPTH」
2018年 木製パネル、麻布、油彩 50cm×70cm

一番重要なことは、技法的な完成度や手法的な秩序よりも、絵画を描く行為そのものの直感的な手応えや油絵の具の持つ色彩の魅力を観賞者が発見してくれる事を心がけています。


Q. ご自身の作家活動において影響を受けた作家、人物などはいらっしゃいますか?

先にも登場しましたが、ゴッホ等の後期印象派に始まり、学生時代には、抽象表現主義のデ・クーニング、ニコラ・ド・スタール、新表現主義の作家ドイツの ゲオルグ・バゼリッツ、アンゼルム・キーファー、アメリカのジュリアン・シュナーベル、彫刻家ではジャコメッティ、ブールデルに影響を受けました。

本格的に作家活動を始めてから、2014年に渡米した際に、ジャッドのアトリエに行ったり、Dia:Beaconで、河原温、ジョン・チェンバレン、ソル・ルイット、セラ、ブルジョワなどの作品を観れたことが良かったです。
そこは元工場だった美術館で、充分な広さと静かな空間で、作家意図したことを実現するために最適な場所でした。
私はあのスケール感を日本にどうしても持ち帰りたいと思いました。


「Picture Diary 2020624」
2020年 油彩、麻布、木製パネル 65cm×57cm

その後、最新のアートの動向を把握するために、世界的なアートの祭典(ベネチア・ビエンナーレ、カッセルのドクメンタ、ミュンスター彫刻プロジェクト)は見逃さないようにしています。

また近年では、アーティスト兼キュレーターのカルロス・ギデルが2016年に立ち上げたエクセシビズムの動向に注目しています。参加作家は、スコット・リヒター、アイウェイウェイなど。


美大に入学し、3日持たずに辞めようと思った


Q. 作家人生の中で、挫折やターニングポイントとなった出来事などありましたら教えて頂けますか?


Photo by Atsushi Yoshimine

美大に入学して、最初3日持たずに辞めようと思い、教授に申し出たことがあります。
学校の課題がつまらないと感じて…

教授や助手さんに説得されたのですが、「翌週、大学に長谷川繁というアーチストが来るので紹介する」と言われました。そこで初めて現役で活躍している作家と話したり、作品も見せてもらったのですが、とても大きな作品で刺激を受けました。

その時に言われたことが「お前もでっかい絵を描け!」でした。
そこから、課題とは別に自主的にアトリエで描きたい絵を自由に描いていたので、辞めずに4年間通い続けることができました。


Q. 普段制作活動されているアトリエについて教えてください。


Photo by Atsushi Yoshimine

300坪の敷地の中に100坪のアトリエと宿泊用の一軒家があります。
クレーンもあるので、2トン位の作品でも移動できます。

海の近くで居心地がいいです。



どこまで「真剣に好きか」


Q. 今後、作家として挑戦したいことはありますか?

日本だけではなく、海外で作品を発表、制作したいと思っています。
コロナ禍で、海外に行くことすら難しい状況ですが、早く外部で活動できる事を願っています。
今はその準備期間だと割り切って、語学を勉強中です。


「DEPTH」
2015-16年 油彩、鉄 200cmx170cm 
Photo by Atsushi Yoshimine

Q. 最後に、アートフルを見ている作家達に向けて一言お願いいたします。

私の先生の言葉を借りれば、どこまで「真剣に好きか」が常に問われていると思います。

私が大学を卒業したタイミングは、3.11があり、アトリエを借りること、展覧会を開催すること、制作を始動するにあたって、様々な困難がありました。

しかし、制作の手を止めないこと、積極的に活動することを辞めずに勢い良く続けていくことが大事だと思います。


今後の展示会、活動予定


展示風景
WHAT「-Inside the Collector’s Vault, vol.1-解き放たれたコレクション展」

現在開催中

「-Inside the Collector’s Vault, vol.1-解き放たれたコレクション」
会期:2020年 12月12日 – 2021年5月30日
会場:WHAT(〒140-0002 東京都品川区東品川 2-6-10)
入場料:一般1200円、大学生/専門学校生700円、中高生500円、小学生以下 無料
*同時開催 建築倉庫プロジェクト「謳う建築」の入館料を含む
*オンラインチケット制
https://what.warehouseofart.org/
出展作家:
会田誠 今津景 梅沢和木 大山エンリコイサム 岡﨑乾二郎 川内理香子 草間彌生 合田佐和子 近藤亜樹 鈴木ヒラク 佃弘樹 土取郁香 DIEGO 野澤聖 BIEN 水戸部七絵 村山悟郎 毛利悠子主催:寺田倉庫株式会社
協力:高橋龍太郎コレクション、A氏
企画:寺田倉庫株式会社

今年度の展覧会出展

「VOCA展2021 現代美術の展望─新しい平面の作家たち─」
会期:2021年3月12日(金) 〜 30日(火) 会期中無休
会場:上野の森美術館
開館時間 10:00 〜 17:00(最終入場閉館30分前まで)
入館料  一般800円/大学生500円/高校生以下無料
受賞者:
VOCA賞 尾花 賢一
VOCA奨励賞 鄭 梨愛、水戸部七絵
VOCA佳作賞 岡本秀、弓指寛治
大原美術館賞 岡本秀
選考委員:
小勝 禮子(選考委員長/美術史・美術批評)
水沢 勉 (神奈川県立近代美術館館長)
家村 珠代(多摩美術大学教授)
荒木 夏実(東京藝術大学准教授)
前山 裕司(新潟市美術館館長)
https://www.ueno-mori.org/exhibitions/voca/2021/
特別協賛:第一生命保険株式会社
主催 「VOCA展」実行委員会/公益財団法人日本美術協会 上野の森美術館

個展「水戸部七絵(タイトル未定)」
会期:2021年3月18日〜 4月11日
会場:150-0013 東京都渋谷区恵比寿1-18-4 NADiff A/P/A/R/T B1F入場料無料
http://www.nadiff.com/

「Born New Art」 in SHIBUYA SCRAMBLE SQUARE
会期:2021年3月15日〜3月21日
会場:渋谷スクランブルスクエア 14F
入場料無料
https://www.shibuya-scramble-square.com/

個展「project N 85 水戸部七絵(タイトル未定)」
会期:2022年1月13日〜3月[予定]
会場:東京オペラシティ アートギャラリーhttps://www.operacity.jp/ag/exh/upcoming_exhibitions/index.php