小久江峻「藝術・医療・福祉を横断し生きる力を追求」-羽田沙織インタビュー-

小久江峻「藝術・医療・福祉を横断し生きる力を追求」-羽田沙織インタビュー-

綿を筆として用いることで、柔らかい空気のような表情を描く画家、小久江峻(オグエシュン)。彼のアートは絵画だけに留まらず、藝術、福祉、医療の垣根を超えるアプローチの展開と、いくつものジャンルを横断し幅広く活動を行う。

そして今回、RISE GALLERY(目黒区)で開催中の展覧会『こころのまわり、からだのうち』を訪問し、作品に対する想いと幅広いアート活動について、フリーアナウンサーでアートエバンジェリストとして活躍する羽田沙織がインタビュー。

藝術・医療・福祉を横断して生きる力を追求する「Colere Ars」


小久江峻さんと羽田沙織 RISE GALLERY(目黒区)店内

(羽田)今日は小久江峻さんにお話を伺いたいと思います。よろしくお願い致します。

(小久江)よろしくお願い致します。

(羽田)まず最初に小久江さんのご紹介を簡単にさせて頂きたいと思います。

小久江峻。1993年生まれ。
2018年 東京藝術大学 美術学部絵画学科油画専攻をご卒業。
2017年からCreativity continues 2017-2018シリーズに参加し、およそ一年間に五回の展示を行う。
そして今年2020年には東京藝術大学のDiversity on the Arts Projectを修了されたということなんですね。

(小久江)はい。

(羽田)小久江さんは絵画の制作活動だけでなく、邦楽油彩現代紙芝居「また来てうらめしや」といった活動や、藝術・医療・福祉を横断して生きる力を追求する「Colere Ars(コレレアルス)」という団体の立ち上げ。また音楽制作もされているという事で、本当に幅広く活動されているのですね。


(羽田)この紙芝居はどういったものなのでしょうか?

(小久江)紙芝居は元々、東京藝大には音楽学部もあるので、音楽と美術で何かコラボレーションする作品を作りたいよねって言うところから始まったんです。

それで邦楽の囃子演奏をやっている友人とタッグを組んで、油絵で描いた紙芝居に囃子演奏がついたオリジナル紙芝居を小学校だったり、劇場、ホール、あと地域のコミュニティセンターなどで子供達に見せたりといった活動をしています。

(羽田)なるほど。それでは「Colere Ars(コレレアルス)」というこの新しい団体についてもお話を伺えますか。

(小久江)「Colere Ars(コレレアルス)」はラテン語なんです。「Colere」は”耕す”という意味で、文化の”カルチャー”の語源になった言葉で、「Ars」は”アート”の語源となった言葉です。

面白いのは「Ars」は元々、”技術”という意味だったんです。広く”医術”だったり、”芸術”だったり、人が手で施す”技術”全般を指す言葉だったんです。

そういった”耕す技術”という事で、人間の生きる力を耕していく為に、ケアの領域だったり、医学の領域だったり、藝術の領域だったりというのを、垣根を越えて生きる力にアプローチするような活動を行っていこうという基に作られた団体です。

(羽田)具体的にはどういった活動をされているんですか?

(小久江)具体的には、様々な分野に知見がある方をゲストにお呼びした講演会を企画したり、実際にレジデンスなど福祉施設や医療施設などで、芸術を取り入れたアプローチの実践活動などをしています。

(羽田)医療や福祉の現場で、実際にアートの力を実感されていますか?

(小久江)そうですね。やっぱり人が生きるというところでは、心や身体だけでは不十分に感じていて。心と身体、そして続いていく暮らしという三つの観点から、人間の生きることを見つめることが、凄く大事だなというのはやってみて凄く実感しています。

(羽田)やっぱりそれにはアートの力って凄く大きいですし、偉大ですよね。

空気のように広がる柔らかい筆触感の絵を描きたい


小久江峻さん

(羽田)ここからは作品についてお伺いさせて頂きます。素敵な作品がズラッと並んでいますけれど、どれも優しい色合い。そして色が凄く特徴的だなと思うのですが、作品の制作方法を教えて頂けますか?

(小久江)基本的にはキャンバスに油絵の具を使って絵画作品を制作しているのですが、ちょっと変わった点としては、筆の代わりに綿(コットン)を使用して、画面に色を定着させて描いています。

(羽田)所々に少し綿が残っていますね。やっぱりこの綿を押し当てて色がついている感じなんでしょうか。

(小久江)綿を押し当てて使うことで、画面の中で空気のように広がる柔らかい筆触感の絵を描きたいっていう自分のイメージがあります。その為に、筆では出ないような綿独特の繊維質の触感だったりを利用して描いています。

(羽田)綿で色を塗っていく際には、1回でポンって発色良く出るものなんですか?

(小久江)出ますね。結構たっぷり絵の具を付けたりとか、こう叩くようにして暈すようなタッチも出来たりとか。オイルの分量を多めにすると、ちょっとシャバシャバしたような、繊維なタッチがちゃんと残るような触感が出たりとか、色々使い分けながらやっています。

(羽田)こういった制作方法は最初からされてたのでしょうか?

(小久江)ここ2年位ですね。このタッチになったのは。こういう感覚の絵を描きたいっていうイメージは変わっていないのですが、それこそ2年前に同じRISE GALLERYで展覧会をさせて頂いた時の作品は、素材がまた違ったりしていて。当時、既に今のようなイメージはあったんですけど。

例えばキャンバスではなく支持体が綿になっていたり、支持体が紙粘土だったり、発泡スチロールに描いたり、自分の中でどうやったら理想の画面になるんだろうと色々模索していたんです。最近はベーシックな絵画の材料ではありますが、描く各媒体を変える。柔らかい素材に変えるという方法に行き着いてやっています。

(羽田)ではこの綿で描くっていう手法は、ご自身の中ではベストなところに来てるっていう感じですか?

(小久江)そうですね。

曖昧だけど確かな一塊みたいなもの


入口付近の展示作品(RISE GALLERY)

(羽田)では小久江さんの今回の展示作品を、ギャラリー内をご一緒に周りながら拝見させて頂きたいと思います。まず入り口近くには小さな正方形に近い作品が並び、その横に少し大きめの長方形の作品が展示されていますが、このエリアに展示されている作品は凄く淡い色合いですね。

(小久江)入り口近くなので、太陽の光が入り込んでくるスペースでもあるので、太陽の光と色が混ざることを想定した構成になっています。

(羽田)そうなんですね。素敵な配色。
こちらには綿がそのまま展示されていますが、実際にこの綿を使って描かれたのですか?


一朶の吸息

(小久江)はい。制作の際に筆として使っていた綿の痕跡たちを再びアクリル板で圧縮し、平らにすることで、平面作品にしています。

(羽田)綿もまた作品として展示されているのですね。この綿がこういう風に作品になっているんだっていうところも面白いですね。

こういった配色はどういった時に思い付くのでしょうか?それとも特に決めている訳ではなく、生まれてくるのでしょうか?

(小久江)何となくイメージがある中でやっているのですが、やっぱり描いていく中で、画面と対話しながら色が変わっていったり。徐々に変化しながら、描きながら探っていくような感じです。

(羽田)作品にタイトルはありますか?

(小久江)絵画のシリーズが「一朶の吐息(イチダノトイキ)」というタイトルで、綿を平面化した作品のシリーズが「一朶の吸息(イチダノキュウソク)」というタイトルになっています。

「一朶(イチダ)」ってあんまり聞きなれない言葉だと思いますが、「朶(ダ)」って言うのは夏目漱石の草枕の話を引用しているのですが、雲とか山とか花草とかそういった、移ろいゆく曖昧な一塊なものを数える時に用いられる単位として使う言葉なんです。

例えば千の朶、万の朶で「千朶万朶(センダバンダ)」は桜の満開時などに使ったりとかそういう言葉なんです。
またこの”吐息”というタイトルもそうなんですが、目に見えないその瞬間の生きている感触。曖昧だけど確かな一塊みたいなものを表す単位としてピッタリだなと思って好んで使っています。

(羽田)そうなんですね。絵の方が吐息。そして綿の方が吸息。素敵。

(小久江)それぞれで対比というか、呼吸をテーマとして対になるように構成しています。

(羽田)テーマは呼吸なんですね。
それでは次の作品へ移動したいと思います。こちらは4つで1つの作品なんですか?


(小久江)それぞれ独立した作品ではありますが、4つでも1つに見えるように構成しています。

(羽田)なるほど。この展示方法というか、どこにどの作品を展示するのかというのは、ご自身で考えられているのでしょうか?

(小久江)そうです。RISE GALLERYはコンクリートの壁とアーチ状の壁面があり、三角形の形状の入り口には大きいガラス窓があり自然に光が入ってきます。この形が独特で凄くユニークなギャラリーだなと感じています。
だからその形をどう生かそうかなというのは、結構考えながら構成をしました。

(羽田)このアーチ状の所に展示されている作品は、こうやって対峙して作品を見ると結構強い色が使われているんですよね。紫だったり黄色だったり。
割と濃い色が使われているのですが、全体を通した小久江さんの作品の印象はもの凄く柔らかいんですよね。柔らかいっていう印象が先ず伝わってくるのは、やっぱりその綿を使っているからなんでしょうねきっと。


アーチ状の壁面に展示

(小久江)例えば硬い素材を用いると、硬いならではの表情になりますし、柔らかい綿を使うからこその画面の表情にはとてもこだわっています。激しい色味もありますが、綿で出来る表情によって、結果的に柔らかく感じる印象に繋がっているのかなと思います。

(羽田)面白いですね。紫や黒といった少しダークな印象の作品もあるんですけど、何故か一貫して柔らかい、優しいものを凄く感じるんですよね。

モチーフを描くことから、溢れ飽和していく像を描く


RISE GALLERY外観

(羽田)小久江さんは元々、抽象的なものを作風として作られてたんですか?

(小久江)段々と抽象的な表現が強くなって来ました。元々は所謂モチーフを描いたりっていう作品も描いていました。

(羽田)そうなんですね。具象画みたいなものも描かれてたのですか?

(小久江)写実ってほどではないんですが、モチーフが分かるような作品を作っていました。

(羽田)どうして変化していったんですか?

(小久江)モチーフそのものを描くというよりも、モチーフの向こう側にあるような。それこそ吐息のような内側にある見えないものだったり、そういった奥に眠っているようなものをもっと描きたいと思うようになってきたんです。
それで段々モチーフから、こう溢れるような飽和していく感覚。イメージとしては像ですかね。

作品を年代別に追っていくと、輪郭が段々曖昧になって、現在は正にその吐息が漂う気配だけが残ったような作風へと変化していきました。

(羽田)小久江さんの作品には色んな表情がありますが、その吐息のイメージする何かってあるのですか?

(小久江)描いている時は本当にイメージに近いのですが、自分の日常で感じている生きている実感が、色に置き換わる感覚に近いのかもしれないですね。何ていうか自分の内側の部分を触っているような、手触りに近いんですかね。


一朶の吐息

(羽田)そうなんですね。それでは一つの作品を作るのにどのくらい時間が掛かるのですか?

(小久江)基本的に乾かす時間もあるので、作品は並行して何作品も製作しています。早いものだと3日くらいで出来上がるものもあれば、大きめの絵画作品なんかは一度没にして、上から描き直したりする事もあるので、それを含めると実は2年くらい掛かっています。

(羽田)一度没にされる事もあるんですね。

(小久江)そうですね。どうしても納得いかなくてお蔵入りというか。

(羽田)影響を受けた作家さんはいらっしゃったりしますか?

(小久江)マーク・ロスコが凄く好きです。高校生くらいの時に美術館で見て、強く衝撃を受けたのが今に繋がっているのかなって実感はあります。元々そんなに絵画に興味がなかったんですけど。
あとは好きな作家だとサイ・トゥオンブリーとか。結構意識している作家としてはルーチョ・フォンタナとかが好きです。

(羽田)最初にインパクトが強かったっていうマーク・ロスコっていうのは高校生の時。ではそれまではアートの道に行こうと思ってなかったのですか?

(小久江)両親がデザイン関係の仕事をしていたので、デザインの仕事をしたいなと最初は考えていたんです。でも何かを作る事は小さい頃から好きだったので、徐々に油絵具とかの素材感に魅力を感じて、段々と絵画に興味が出てきた感じです。

(羽田)ご両親もデザインをされている中で育たれたのですね。そうするとアートは身近だったんですね。

(小久江)そうかもしれないですね。陶芸が父と母の趣味なので、自分の作る作品がリビングに飾ってあるのとかは、小さい頃に何気なく見ていたのかもしれないですね。

(羽田)そうなんですね。では最後にこの質問を皆さんに伺おうかと思っているんですけど、貴方にとってアートとは?

(小久江)僕にとってアートは「Colere Ars(コレレアルス)」。正に生きる為の技術を大事にして、これからもアートに向き合っていきたいと思っております。

(羽田)今日は有難うございました

(小久江)有難うございました。



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今回のインタビューはstand.fmまたはhimalayaでもお聞き頂けます。

羽田沙織のアートチャンネル(himalaya)
https://www.himalaya.com/personal-journals-podcasts/2638310


小久江峻 個展『こころのまわり、からだのうち』

RISE GALLERY

会期:2020年10月3日(土) – 10月23日(金) /月・火曜休廊
開館時間:12:00 – 19:00
会場:RISE GALLERY
住所:東京都目黒区碑文谷4-3-12 1F
※東急東横線 学芸大学駅・都立大学駅より徒歩8分
電話:03-6303-3986

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小久江 峻 / Shun Ogue
1993年 千葉生まれ

小久江峻「藝術・医療・福祉を横断し生きる力を追求」-羽田沙織インタビュー-

絵画作品を中心に、インスタレーションから音楽制作まで幅広く創作活動を行う。絵画制作では綿を筆として用いることで、柔らかい空気のような表情を描く。またCreativity continues 2017-2018シリーズに参加し、およそ一年間に五回の展示を行う。

邦楽油彩現代紙芝居「また来てうらめしや」代表。
藝術、福祉、医療の垣根を超え生きる力を追求する「Colere Ars(コレレアルス)」を立ち上げる。

【経歴】
2014 東京藝術大学 美術学部絵画学科油画専攻 入学
2018 東京藝術大学 美術学部絵画学科油画専攻 卒業
2020 東京藝術大学 Diversity on the Arts Project 修了

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羽田 沙織 / Saori Hada
フリーアナウンサー / ラジオDJ

小久江峻「藝術・医療・福祉を横断し生きる力を追求」-羽田沙織インタビュー-

元NHK宇都宮局キャスター、元ZIP-FMナビゲーター。
ボートレースJLCアナウンサー、テレビ埼玉「ようこそ埼玉市議会へ」、FM世田谷で活躍中。

アートが好きで美術館やギャラリーへ足を運ぶ一方、アートライターやアートエバンジェリストとしての活動も行う。
FM世田谷で毎週土曜日放送『サムディ プティ シエル』ではパーソナリティを努め、その中でアーティストやギャラリー紹介のコーナーを行う。

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