なぜアート市場は発展したのか?アートと経済学の関係

 はじめに アートを国家事業の根幹に置いている国

 アートと経済学の関係で最も面白い事例を持つ国があります。それは日本の小豆島と同じくらいの規模であるヨーロッパの小さな国、リヒテンシュタイン公国です。実に500年以上もの間、継続してヨーロッパのアートと関わって収集してきた歴史を持ち、国家事業としてアート作品をコレクションしてきました。

特に公爵家が経営の母体として運営しているLGTリヒテンシュタイン銀行のアートコレクションは国家事業や経済を支える重要な産業として根付いているからです。今回はリヒテンシュタイン公国のアートと経済の関わりと経済学者トマ・ピケティが証明した資本主義の正体について読み解いていきましょう。

アート作品のコレクション数

 遡ること16世紀後半の神聖ローマ皇帝ルドルフ2世(1576-1612)の治世下で初代公爵となったカール1世から始まったアートコレクションは「珍しく、美しく、高貴な作品を集めることこそ名誉であり賞賛に値する、永遠の、そして偉大な記録として残るだろう」という哲学の下、ラファエロ、レンブラント、ファン・ダイクをはじめとした名画を中心に、約3万点もの膨大な作品をコレクションしてきました。その価値は総額3600億ポンド、日本円に換算すると約62兆円といわれる経済規模へと成長しています。これは英国王室に次いで世界2位となるコレクションと言われており、狭い国土しかない国にこれだけの美術作品が集まっていること自体が、驚くべきことではないでしょうか。

<リヒテンシュタインの経済政策> 

 リヒテンシュタインは「タックスヘイブン」という税金が免除される租税回避地としても有名です。世界中から企業が集まりペーパーカンパニーを作っていると言われることも多く、人口よりも企業数の方が多いとも言われています。またプライベートバンキングの秘密口座が富裕層の脱税に使われている疑惑もあり、度々批判されることがありますが真相は分かりません。

とはいえ、実際に起こった過去の事例によれば、ドイツが不正にLGTリヒテンシュタイン銀行の預金者情報を盗み、脱税を摘発する事件が起こりました。これに対する報復措置として、リヒテンシュタインはドイツの美術館ノイエ・ピナコテークに対する侯爵家コレクションの貸し出しを中止したことがあります。どちらが良い悪いは各々の立場によって異なりますが、少なくとも人口4万人に満たない小国リヒテンシュタインがヨーロッパを代表する経済大国ドイツを相手に互角に渡り合えるのも、国家戦略としてのアートと金融の武器を持っているからです。つまり文化芸術立国としてその力を最大限に発揮し、国力を高めることに成功したのがリヒテンシュタインという国なのです。

おわりに アート市場の発展と経済学者トマ・ピケティの「r>g」

 アート市場の発展には市場原理の力が働いています。例えば2013年に経済学者トマ・ピケティが発表した書籍「21世紀の資本」によって、「資本主義社会において経済格差はさらに広がる」ということが証明されました。これは資本が資本を生む資本収益率と労働によって収益を生む経済成長率を比較した時、資本収益率の方が資産増加が速いことを学術的に論証しています。事実1700年から2012年にかけて、貧富の格差が縮小したのは20世紀に起きた2回の世界大戦のみです。

つまりトリクルダウンといって「富裕層がさらに富むことで資産が雫のように貧困層に及ぶ」ことを、ピケティは論理的に正しく否定したのです。これは書籍のキーワードである「r>g」という、(r)が資本収益率で(g)が経済成長率を表した不等式によって説明されています。アートマーケットの拡大とは資本の拡大でもあり、いかにして資金がアート市場へと流入するかがカギとなります。つまり経済成長している中国や現代の資本主義のトップに君臨する米国が現代アートの中心地であることは何ら不思議なことではないのです。

残念ながら日本は経済成長率という観点から考えれば人口減少社会を迎えており、今のままでは厳しい状況にあります。今こそリヒテンシュタインのように国を挙げた文化支援策が求められているのではないでしょうか。