新古典主義、ロマン主義、ラファエル前派、写実主義(リアリズム)、ゴシックリバイバル-美術ヒストリー

美術ヒストリー


新古典主義

フランス革命によってそれまでの歴史に対する関心を激しく掻き立てられ、画家は英雄主義的なものを強く主題に求めるようになりました。当時のフランスの知識人達は自分達をギリシャやローマ人の生まれ変わりだと考えたがっており、ローマ的なものが好まれる傾向が強くなっていきます。特に建築や絵画の分野で如実にその特徴が表れており、それらを総称して「新古典主義」と呼んでいます。この時代を代表する芸術家こそ、革命政府「公認の画家」のジャック=ルイ・ダヴィッドです。自分達が英雄の時代を生きており、同時代を取材することはギリシャやローマを取材することと等しいと当時の人々は考え、ダヴィッドは出来事を細かく調べて、それを英雄にふさわしい劇的な場面へと昇華させることに成功しています。

ロマン主義

8世紀の中頃になると宗教的な図像は全て禁止する勢力が優位となり、754年にこの当時、風景を見てそこから詩的なインスピレーションを追求する画家が登場しました。それがカスパー・ダヴィッド・フリードリヒです。その風景画は当時流行していたシューベルトの楽曲のようなロマン的な要素を多分に含んでいます。また詩的であり余白を意識した構図は、中国の山水画とも共通するところがあります。またフリードリヒと同時代を生きたターナーはさらに大胆な構図を描いていますが、ロマン主義全盛の時代において、そこまで注目されていなかった画家コンスタブルこそ最も後世に影響を与えています。決して自然以上に描こうとせずに、風景と誠実に向き合っているのも特徴です。コンスタブルこそ、次の時代へと進むきっかけを作ったといえるでしょう。

ラファエル前派

19世紀中頃のイギリス美術界は通称アカデミー芸術と呼ばれるほど組織化されつつあり、若い芸術家にとってそれは「硬直」としか映りませんでした。当時、ラファエロゆえに誠実さを失ったと考えられ、ラファエロ以前にあった「信仰」を最優先にする気運が高まりました。こうして若き芸術家が集まって「ラファエロ前派」という大きな運動が起こります。その代表格がロセッティです。なかでも「見よ、われは主のはした女より」という作品は、ロセッティによって描かれた受胎告知の絵ですが、精神的には中世の時代に戻ろうと試みながらも実際の作品はそうではなく、そこに同時代性が盛り込まれているのも大きな特徴です。この時代に芸術家が試みた様々な運動が、その後の象徴主義やアーツ・アンド・クラフツ運動へ大きな影響を与えていきます。

写実主義(リアリズム)

 写実主義はロマン主義の反動として起きた芸術運動であり、フランスの画家クールペがパリ万博へ出品された作品の展示を拒否されたことがきっかけとなり、自らレアリスト(写実主義者)と名乗ることでリアリズム(写実主義)を牽引しました。ロマン主義が寓話などをモチーフに想像したものを作品として描いたのに対して、写実主義はあくまで存在するものを描き、そこに想像するものを込めないことを徹底しました。またフランスのバルビゾン村で芸術家が集い、そこで生まれた「バルビゾン派」は、特に自然への眼差しを重要視し、それまで描かれなかった何気ない自然風景を主題に置くようになります。従来のアトリエで描くスタイルからキャンバスを持って外光の下で描くスタイルへと移りながら、後の印象派へ大きな影響力を発揮していきます。

ゴシックリバイバル

 19世紀初頭にゴシック美術を復興させようという美術的な動きが盛んになり、この運動のことをゴシックリバイバルと呼んでいます。特にイギリスで大きなムーブメントとが起こり、立役者である建築家のオーガスタス・ウェルビー・ピュージンは、代表作でもあるロンドンの国会議事堂などに見られるゴシック様式の建築作品をいくつも残しました。その他にも多くの建築家がロンドンやその近郊に邸宅を残しています。別名ネオ・ゴシック建築とも呼ばれ、キリスト教の思想を住宅に盛り込まれていることも特徴です。全体として縦のラインを強調したデザインを採用しており、1階の正面裏の窓にはペイ・ウィンドウを採用し、2階部分にバルコニーがあるのも特徴です。現代の私たちの生活にも馴染みがある様式が多く作られています。20世紀初頭までにヨーロッパやアメリカで広く普及しました。